Saturday, 3 June 2017

Cairo - Kindness of strangers

Before the Arab Spring, I had a few months wandering in the Middle East on my own with a little rucksack. One of the cities I was particularly drawn into was Cairo where endless dusty streets spread across and over 9 million people live. In Cairo, I experienced the most unforgettable kindness of strangers and beautiful serendipity.
I was almost out of money without any guidebook and lost in the mega city without knowing anyone. I was too exhausted to think straight and was just standing still in the middle of nowhere at a big traffic light.  Suddenly, someone grabbed my hand and told ‘ Yallah, lets go. Time to cross’ with a big charming smile. After a brief chat, I was invited to visit and stay with his family outside Cairo – a small Bedouin town which I don’t remember its name now. Looking back, I was really brave and naïve to trust complete strangers for 100% but at that time, I felt it was the right thing to do and I just followed my instinct.

There, I met incredibly genuine, warm and kindest people. I shared wonderful meal, tea, and interesting conversation with someone I did not know even an hour ago. Somewhat I felt at home and was thinking ‘ ah, maybe this is what ‘ Maktub’ means – a thing that was pre-written and a thing that was meant to happen. The experience made me believe that whatever the background ( religious, background, culture etc), we are able to connect with each other on a person to person level as long as we are open minded and dare to jump into something unknown.

Years passed and I haven’t had a chance to revisit the city. I even don’t remember the name of the Bedouin down. Most likely I may not see them again yet I do think of the fond memories and think about them every now and then.









Friday, 2 June 2017

When We Are Bold - Women Who Turn Our Upsidedown World Right

‘ To those who want to contribute to change but aren’t sure what they do will matter. Every action we take for the benefit of others matter deeply. Find your passion and work on it, even a couple of hours a month. It will change your world in ways you can’t possibly imagine’


Every now and then when I am held back by a thought that what I do ( small scale activism) makes no difference at all and need to deal with self-doubt, I think of this Jody William’s words. Jody Williams is an activist who won the Nobel Peace Prize in 1997 for her incredible work on the International Campaign to ban landmines.
Recently I finally managed to get hold of a book called ‘ When We Are Bold – Women Who Turn Out Upside-down World Right’ which features her. This book is a collection of 28 incredible women activists around the world who boldly work for change in the area of peace building, human rights, social justice and environment.  It is truly inspiring and I just could not put down the book!  While reading this, I was thinking of the young incredible grass-roots activists I met and worked with in the Dunkirk refugee camp last week. In the global context, what we do might be a drop in the ocean but I witnessed how much impact the grass roots activism on the ground could make to people’s lives.

If we change nothing, then nothing will change. I’d like to believe that a small change each one of us bring will surely help make the world a better place. 










Tuesday, 30 May 2017

Dunkirk refugee camp - Child refugees

先週末から数日、フランス北部にあるCalais にある難民キャンプで、ボランティアとして地元のNGOと共に女性・子供を主に援助活動を行った。

援助を行った場所は、Calais から車で30分のDunkirk にある難民キャンプだったのだが、4月末に施設の全てが火事で全焼。
現在、ここに留まる難民達(Calais Dunkirkにいる難民達は住み分けが出来ているらしく、Dunkirkは主にイラク、イラン、シリア北部のクルド難民が主で、Calaisはスーダン、エリトリア難民が主)は、水を含む物資にアクセスの無い奥深い森に避難している。

UN,フランス政府、公的機関からの支援は一切無いため、援助は全て、私の働いたWomens Centre  Refugee Community Kitchen などの草の根の援助団体のみである。

毎日朝から晩まで、難民家族全てを回り、粉ミルク、オムツなどの必要物資のリストをまとめ、近郊にある物資の倉庫へ行き、荷物をまとめ、そしてキャンプに戻り物資を配給。

そんな中、アラムという盲目の8歳の少年に出会った。
教育を受けられない云々以前に、眼鏡すら持つ事ができない8歳の少年。


塗り絵を一緒にしようとした時、彼が色を認識できないことに気づいたのだ。
アラムは、小声で言った。


「色が見えないから、これ、僕に塗ってくれないかい?僕の名前を書いてくれるかい?」


これから先、彼にはどんな将来が待っているのだろうか?


ロンドンに戻ってきてからも、アラムの事が頭から離れないでいる。








Monday, 22 May 2017

India

ブログを書くのを中断していた間にも、休みが取れるときには、相変わらず旅の虫が離れる事はなく、世界の色々な所を周っていた。

娘を妊娠している間に訪れたのが、インド。

インドに行く度に空港を降りたとたんに感じる、あの独特の空気感、匂い。喧噪。混沌。
街中に広がる、美しい色彩。鳴り止まない街の音。
まさに、五感を使い、身体全身で生きている心地を実感できる場所だ。

もう数年経ってしまい、記憶が薄れてきてしまったが、今でも時折思い出すのが、旅の途中で休憩させてもらった民家の子供たちの笑顔。

どんな美しい建物よりも、有名な観光名所よりも、何処でもない何処かで出会った人たちの方が、一番温かい記憶として残っている。

今頃彼らはどんな風に成長しているんだろう?














Monday, 15 May 2017

Trip to Bosnia

先月のイースター休暇の間に、バルカン半島へ行ってきた。
当初はMontenegro だけを車で周る予定だったのだが、どうしてもBosnia 、特にMostarに行かなくてはいけない衝動に駆られて、国境を越えて数日Bosniaへ。5歳の娘に日頃から、世界で起きていること、歴史、戦争、難民について話してはいるが、実際、深い戦争の傷跡が残る街を見て、どういう風に話せばいいのか、と言葉を気をつけながら過去に起こったことを説明した。

ボスニア独立宣言後にBosnian, Croats, Serbs 間で繰り広げられた1993年のBosnian War。
戦争の背景も、民族浄化という言葉もよくわからない中学生だった私だが、モスタルの橋が崩れる光景、難民が泣き叫ぶ光景は強烈に記憶に残っている。


モスタルの街の中心街は、レストランもお店も立ち並び、一見復興を遂げたように見えるのだが、実際小さな通りに入ったり、中心街から外れ郊外を歩くと、弾痕の後が残り崩れかけた建物が放置されていたりして、戦争の傷が生々しく残っている。

20万人の人が命を落とし、200万人以上の難民を出したボスニア戦争。
あれから25年近くが経ったが、一体、人は何を学んだのだろうか?











Cuba

最後のブログを書いてから、何と6年も経ってしまった。
娘を出産し仕事に復帰し、漸くここのところ、母、仕事人以外の側面を考える余裕が出来て、ブログを再開しようと思い立ったのだ。

娘を出産してからも、相変わらず、旅への想いだけは消えることがなくて、昨年は娘を連れてCubaを訪れた。

ハバナで感じた、色、匂い、音、混沌、街から溢れ出るエネルギー。
身体の中から湧き出る喜び。

生きている事の証を感じた瞬間だった。







Sunday, 14 August 2011

Endless curiosity



今年の春・夏は今までに無いぐらいとても忙しい、でも充実した日々だった。仕事の合間を縫っては、さっと荷物をまとめて、一ヶ月に一度は何処かを旅していた気がする。まさに「理由のつけられない好奇心、現実的感触への欲求」が心身から湧き出てきて、アドレナリンが全快の日々。1日24時間じゃ到底足りない日々。

先週はロンドンでは暴動が各地で起きて、不穏な空気が流れていた。生きる意味も見出せずに、略奪強盗を行う若者達。そんな彼らの姿を見て、本当にやるせない気持ちになった。ほら、周りにあるものを見渡してごらんよ?耳を澄ませてごらんよ?社会には、世界にはこんなにも未知の可能性も、知るべきことも、学ぶことも、素敵なことに満ち溢れているのに。

Thursday, 28 April 2011

The Saffron Kitchen by Yasmin Crowther


最近読んだ本の中で、だんとつに良かったのがこれ、イラン系イギリス人作家Yasmin Crowther 著サフラン キッチン。

40年前に故国イランで起きた辛い経験を封印し、過去を背負いながらイギリスで生きる母マリアムと、イギリス人の夫との間に生まれた娘サラの視点で話が展開していく。ある日、マリアムが原因でサラのお腹の中の赤ん坊の命が失われてしまい、自責の念を感じたマリアムはイランへと独り旅立つ。時折どうしようもない程、寂しそうな表情を見せる以外は、決して過去について語ったことがなかったマリアム。


「きみがまた、ぼくを見つけにきてくれるまで、ここで待っているから」40年前の祖国追放により引き裂かれた恋人アリへの想い。父から受けた恐ろしい仕打ち。イランの封鎖的な社会の中での葛藤。


故郷マーズレーに戻ったマリアムは、封印してきた様々な想いや過去と対峙し、再生していく。イランへ母を追って行ったサラも、初めて真の母の姿を見出すことになる。

何十年たっても、異国に本当の安らぎを感じられない寂しさや、置いてきた過去に対する愛しい想い、望郷の念、共感できる想いがぎっしり詰まった一冊だった。

Wednesday, 27 April 2011

In between







去年に引き続き、今年もかなりの頻度で、ふらりと何処かへ旅している。先月のイスタンブール、先週のスイス。(旅行、と言うよりは懐かしい古い友達の訪問だけど。)

一つの場所に留まり数ヶ月が経つと、無性に落ち着かなくなり、そしてここではない‘何処か’に向かわなくてはいけない、という焦燥感に駆られる。

‘何処か’に向かう途中の、ある地点とある地点を結ぶ合間にいると、妙な安堵感を感じる。予期せぬ場所に降り立って何かが始まる可能性を考えてみたり、予期せぬ人たちとの出会いを想像してみたりする。一つの場所にある日常の中の、限られた現実・可能性からの束の間の脱出。
いつかは、そんな脱出をしなくても、自分が今居る場所に、深く居心地のよさや安堵を感じられる日が来ればいいのに・・・と思いつつ、もうしばらくはこの癖は抜けなそうだ。

Tuesday, 1 February 2011

夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです


この二日間、早く最後まで読んでしまいたい衝動と、最終の535ページに近づくにつれて終わらせたくない妙な刹那さを感じながら、夢中で読んだのがこの一冊。村上春樹の日本・海外のメディアによる過去12年間のインタビューをまとめた本だ。

私は本が大好きで、とにかく時間があれば何処にいても本を読んでいる。たまに人になぜそこまで本が好きなのか?と聞かれて上手く答えられない時がある。でもそう、この気持ち、この感覚を感じられる時があるからだ。Paul Austerを読む時にも感じる感覚なのだが、同じ心の流れというか感じ方をする人がいるんだ、という確信して、妙な孤独がじわじわ癒される感覚。

「僕は僕の心の中に深く暗く豊かな世界を抱えているし、あなたもまたあなたの心の中に深く暗い豊かな世界を抱えている。・・・(中略)我々は場所とは関係なく同質のものを、それそれ抱えていることになります。そしてその同質さをずっと深い場所まで、注意深くたどっていけば、我々は共通の場所に住んでいることがわかります。」

自分が何処から来たのか、人が何処にいるのか、そういう物理的な面に関係なく、心の奥底に広がる世界に在る共通するもので繋がりあえる、ということ。そういう同じ認識を持つ人に出会ったり、言葉に出くわしたりする時ほど、いつもどこかに付きまとっている妙な淋しさから開放される瞬間は無い。

Monday, 17 January 2011

Trip to New Zealand



約一ヶ月間仕事の休みを取り、ニュージーランドを旅してきた。発つ直前の期間は、本当にいろいろな意味で精神的にも身体的にも疲弊していたのだが、この旅を通して、その疲弊が遠い過去のように思えるぐらい癒され、新たなエネルギーを蓄積できたように思える。

雄大な自然に感動したのはもちろんだけれど、Motueka, Golden Bayなど滞在していた小さなコミュニティーで出会った人達の心の温かさ、ライフスタイルが今回の旅で一番感銘を受けた。フォーマリティ無しに、誰もが気軽に友人や隣人の家に立ち寄ることができる'open house'が普通の生活。自分の庭で育った採れたての野菜や果物を持って、ちょろっと立ち寄り、地元のワイナリーで作られたワインを飲みながら、おしゃべりする。日が昇れば、波の音を聞きながら海に出る。そんなシンプルな生活。
ロンドンのような都会で働いて生活していると、日々の忙しさに追われて、物質的豊かさは手に入れることができても、精神的豊かさが欠如していると感じることが多々ある。そんな枯渇してささくれだっていた心が、シンプルだけれど温かさに満ちた生活にじわじわ癒されていった。

Friday, 3 December 2010

Reflections on a cardboard box - Paul Auster

".... There are difficult days for the poor. We have entered a period of enormous prosperity, but as we rush down the highway of larger and larger profits, we forget that untold numbers of people are falling by the wayside. Wealth creates poverty. That is the secret equation of a free market economy. We don't like to talk about it but as the rich get richer and find themselves with greater and greater amounts of money to spend, prices have been going up....


..... The heat is rattling in the pipes, and the room is warm. Outside, the sky is dark and the wind is lashing the rain against the side of the house. I have no answers, no advice to give, no suggestions. All I ask is that you think about the weather. And then, if you can, that you imagine yourself inside a cardboardbox, doing your best to stay warm...... "

クリスマスが近づくこの時期、ロンドンの繁華街Oxford Circusは毎年、煌びやかなネオンに飾られる。行き交う人々の手は、買い物袋でいっぱいになっている。そんな賑やかな雑踏の中を歩きながら、ふっとPaul Auster の散文集の中の一つReflections on a cardboard boxを思い出した。

寒さが厳しくなるこの時期、とても気になることがある。でもそれはそんな煌びやかなネオンやショップのウィンドウに並ぶ華やかな洋服じゃない。その側でダンボールをひいて眠るホームレスの人達だ。色々な事情を抱えて、道端で眠るという選択枠しか持てない人達。

イギリスの政権が保守党に交代して以来、社会の底辺にいる人達への補助が減らされる政策へとシフトしてきていて、尚更最近、彼らのことが気になって仕方ない。「働かない怠惰な奴が悪い」、そう思う人達も多いのかもしれない。でも、好き好んでホームレスになる人はいないだろうし、働けない様々な事情、理由があるんだと思う。

仕事の後の疲れを癒す為に、美味しいワインを買おうと思って財布に入れておいたポンド札。ワインを忘れて、今夜ダンボールの中の彼らが少しでも温まって眠りにつけるように、それで温かいスープでも買ってもらうことにしよう。

Sunday, 14 November 2010

government of the people, by the people, for the people

"I want to hear the voice of the people, after that we will decide what we want to do" 
解放後、アウンサンスーチーが民衆に語りかけた言葉だ。

ビルマの民衆が真の民主主義を手に入れられるには、きっと想像をこえる程、これから厳しい道のりが待っているんだろうと思う。南アフリカでネルソン・マンデラが牢獄から解放された時と違い(デクラーク政権になり、アパルトヘイトの終焉が明らかだった)、ビルマでは現在も軍事政権が国を支配しており、反対勢力と歩み寄る柔軟な姿勢は見えない。政治的な理由で投獄されている囚人は2000人以上だ。

でも、"Do not give up, there is no reason to lose heart" アウンサンスーチーがそう語りかけるように、最終的に民衆の力が勝つ、そう信じていたいと思う。歴史だって裏切っちゃいない。
ベルリンの壁の崩壊、東欧諸国での民主化・独裁政権の崩壊、フィリピンでのピープルズパワーによる独裁政権打倒、コストニツァ主導によるユーゴの民主化・・・

世界を見渡すと、政治的な理由で人々の言論の自由や人権が虐げられている国がまだまだ存在し続けている。今年のノーベル平和賞受賞者であり民主活動家の劉暁波が投獄されている中国、人権侵害、弾圧が日常茶飯事で行われているイラン・・・

ビルマをはじめ、そういう国々にもいつの日か真の「人民のための人民による政治」が実現される日が来ればいいな、と心底願う。他国や誰からかに押し付けられる形ではなく、民衆の声が聞かれる、真の民主主義が。